殺人犯vs.使用人探偵 「見立て」殺人を巡るめくるめく攻防にページを繰る手が止まらない。 本格ミステリーの醍醐味がつまった一冊です! 月原 渉 著新潮社/550円+税
11978(昭和53)年神奈川県生れ。2010(平成22)年、『太陽が死んだ夜』で鮎川哲也賞受賞し、デビュー。著作に、『世界が終わる灯』『月光蝶―NCIS特別捜査官―』『オスプレイ殺人事件』『火祭りの巫女』『使用人探偵シズカ』『首無館の殺人』がある。
ようこそ、名残館へ
ある明治の夏、横濱居留地に立つ西洋館に主人公の秋月は導かれます。父親から継いだ遺産の絵画を売却するために。一般には二束三文にしかならない、その無名の画家が描いた絵を、高額で買い取ってくれるという好事家が住む名残館。 怪しい主、館に集う謎めいた人々、そして冷たい眼の使用人。館は嵐に閉ざされ、やがて凄惨な絵画見立て連続殺人が幕を開ける――
――古き良き探偵小説めいたこの物語は、しかし、ただの懐古主義によって書かれたわけではありません。常識ではおしはかれない出来事の連続に翻弄される主人公。それぞれの思惑を抱えた人々。事件を仕掛けたはずの犯人。それらすべてが、一人の使用人によって突き動かされていきます。 これは古式の探偵小説の皮をかぶった別の何か。その証拠に、探偵役であるはずの使用人は、推理するだけではなく、対策を行い、連続見立て殺人を阻もうとします。対策は常軌を逸し、犯人をも翻弄してゆくのです。 やがて使用人は、物語によって定められた探偵役という役目を超え、犯人を破滅的な末路へと誘っていきます。 そこに正義が悪へ鉄槌を下す明快さはありません。探偵役の使用人は、自らを正義と考えてはいないのです。いまや正義など誰が声高に語れましょう。古き良き探偵小説の仕掛けを壊し、再構築し、前へと進んでいく意思が、この物語には込められています。 ただの明治物、キャラクター小説、ミステリにない趣向がそこにはあると信じています。緩慢で冗漫な物語に飽いた方にとって、得難い体験となりますよう興趣を凝らしました。 主人公の使用人探偵は、この物語をはじめとして、いくつかの作品に登場します。これはその最初の一話であるのです。 以降も続く、使用人探偵の活躍を、ぜひお楽しみいただければと思います。 この冷たい眼の使用人探偵、栗花落静(ツユリ・シズカ)を待ち受ける数々の事件。その前兆をも、この物語を読めば感じ取っていただけるはずです。 謎めき、過去を語らず、ただ異能として描かれる女性の行く末にいった何が待ち受けているのか? 陰惨でありながら、どこか心惹かれる数々の事件、それらによって彼女は変わっていくでしょうか? それを見定めるのは、自動機械のごとく運命に強いられて物語を紡ぐ作者ではなく、読者によって決定されるのだと思ってもいるのです。 使用人探偵シズカの物語をお楽しみくださいませ。
月原 渉
2019年4月26日(金)~ 6月6日(木)まで
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【著者】月原 渉さんのコメント
ようこそ、名残館へ
ある明治の夏、横濱居留地に立つ西洋館に主人公の秋月は導かれます。父親から継いだ遺産の絵画を売却するために。一般には二束三文にしかならない、その無名の画家が描いた絵を、高額で買い取ってくれるという好事家が住む名残館。
怪しい主、館に集う謎めいた人々、そして冷たい眼の使用人。館は嵐に閉ざされ、やがて凄惨な絵画見立て連続殺人が幕を開ける――
――古き良き探偵小説めいたこの物語は、しかし、ただの懐古主義によって書かれたわけではありません。常識ではおしはかれない出来事の連続に翻弄される主人公。それぞれの思惑を抱えた人々。事件を仕掛けたはずの犯人。それらすべてが、一人の使用人によって突き動かされていきます。
これは古式の探偵小説の皮をかぶった別の何か。その証拠に、探偵役であるはずの使用人は、推理するだけではなく、対策を行い、連続見立て殺人を阻もうとします。対策は常軌を逸し、犯人をも翻弄してゆくのです。
やがて使用人は、物語によって定められた探偵役という役目を超え、犯人を破滅的な末路へと誘っていきます。
そこに正義が悪へ鉄槌を下す明快さはありません。探偵役の使用人は、自らを正義と考えてはいないのです。いまや正義など誰が声高に語れましょう。古き良き探偵小説の仕掛けを壊し、再構築し、前へと進んでいく意思が、この物語には込められています。
ただの明治物、キャラクター小説、ミステリにない趣向がそこにはあると信じています。緩慢で冗漫な物語に飽いた方にとって、得難い体験となりますよう興趣を凝らしました。
主人公の使用人探偵は、この物語をはじめとして、いくつかの作品に登場します。これはその最初の一話であるのです。
以降も続く、使用人探偵の活躍を、ぜひお楽しみいただければと思います。
この冷たい眼の使用人探偵、栗花落静(ツユリ・シズカ)を待ち受ける数々の事件。その前兆をも、この物語を読めば感じ取っていただけるはずです。
謎めき、過去を語らず、ただ異能として描かれる女性の行く末にいった何が待ち受けているのか?
陰惨でありながら、どこか心惹かれる数々の事件、それらによって彼女は変わっていくでしょうか?
それを見定めるのは、自動機械のごとく運命に強いられて物語を紡ぐ作者ではなく、読者によって決定されるのだと思ってもいるのです。
使用人探偵シズカの物語をお楽しみくださいませ。
月原 渉